地球温暖化がワイン業界にもたらす影響と適応戦略

ワイン雑学

目次

エグゼクティブサマリー

地球温暖化は、世界中のワイン産業に深刻かつ広範な影響を及ぼしており、ブドウ栽培からワインの品質、さらには生産地域の地理的分布に至るまで、その影響は多岐にわたります。国際ブドウ・ワイン機構(OIV)の報告によると、2024年の世界ワイン生産量は約60年ぶりの低水準に落ち込む見通しであり、異常気象がその主な原因とされています。ブドウの生育サイクルは早期化し、これに伴い着色不良、糖度の上昇、酸度の低下といった品質変化が顕著になっています。また、山火事、干ばつ、霜害、雹害、病害虫の増加といった異常気象は、生産量と品質の不安定化を一層深刻化させています。

こうした課題に対し、ワイン業界は多角的な適応戦略を推進しています。温暖化に対応したブドウ品種や台木の導入、副梢栽培や灌漑技術の進化、再生型農業による土壌の健全性回復といった栽培技術の革新が進められています。醸造所レベルでは、酵母選択の最適化や脱アルコール技術の検討など、ワインの品質バランスを維持するための取り組みが見られます。さらに、地域や政策レベルでは、原産地呼称(AOC/PDO)規制の見直し、研究機関や大学との連携による技術開発、持続可能性認証の推進など、産業全体でのレジリエンス強化が図られています。

伝統的なワイン産地は厳しい適応を迫られる一方で、高緯度や高標高地域では新たな生産適地が出現し、ワイン市場の地理的分布は大きく変化しています。この変化は、ワインの地域アイデンティティを再定義し、新たなブランド戦略を必要としています。業界全体として、気候変動への適応と持続可能性の追求は、将来の競争力とブランド価値を左右する不可欠な要素となっています。

地球温暖化がワイン業界にもたらす全体的な影響

世界のワイン生産量と消費量の変化

温暖化は世界のワイン生産量に直接的な影響を与え、その結果として市場の動向にも変化をもたらしています。国際ブドウ・ワイン機構(OIV)の発表によると、2024年の世界ワイン生産量は227億~235億リットルと予測されており、これは1961年以来約60年ぶりの低水準です。この歴史的な生産量減少の主な原因は、早霜、大雨、干ばつといった異常気象がブドウの生育に壊滅的な打撃を与えたことにあるとされています。特に2022年には、極端な熱波と記録的な干ばつが世界的にブドウの成熟を早め、生産量がわずかに減少しました。

地域別に見ると、欧州連合(EU)全体では生産量が増加する見込みがある一方で、スペインやギリシャでは夏季の熱波により収量が減少すると予測されています。フランスは特に深刻で、2023年と比較して23%の減少が見込まれ、世界最大の生産国から2位に転落する可能性が指摘されています。対照的に、ニュージーランドは2022年に過去最大の生産量を記録するなど、一部の地域では温暖化が栽培環境を改善する側面も存在します。

消費量についても変化が見られます。世界のワイン消費量は過去60年間で最低水準に落ち込み、2024年には3.3%減少しました。これは長期化するインフレと市場の不確実性が主要な要因とされています。加えて、若年層の飲酒量減少やライフスタイルの変化も消費量の減少に影響を与えています。

このような生産量の制約と消費トレンドの変化にもかかわらず、ワイン市場全体は持続的な成長が見込まれています。Straits Researchの予測では、世界のワイン市場規模は2024年の4,635億米ドルから2033年には7,491億米ドルに拡大し、年平均成長率(CAGR)は5.5%と見込まれています。この成長は、精密ブドウ栽培、自動化、データ分析といった技術革新が生産効率と品質管理を向上させること、そして高級ワインやオーガニックワインへの関心の高まり、缶入りや箱入りといった代替パッケージ、低アルコールやノンアルコールワインの需要増加が市場を牽引していることに起因します。

この状況は、生産量の制約と需要増加という二つの力が働くことで、市場におけるワインの価格上昇を促し、特に品質を維持できる生産者にとっては「プレミアム化」の機会となる可能性を秘めています。生産量の減少は、消費者がより少ない量でより高品質なワインを求める傾向を加速させるかもしれません。

ワイン生産適地の地理的シフトと新たな産地の台頭

気候変動は、長年にわたり確立されてきたワイン生産地域の地理的分布を根本から変えつつあります。フランスの農学研究所「ボルドー・サイエンス・アグロ」の研究によると、産業革命前からの地球の気温上昇が2度を超えると、現在のワイン生産地域の49-70%がブドウ栽培に適さなくなるリスクが極めて高いとされています。特に、スペイン、イタリア、ギリシャ、フランス、南カリフォルニアの沿岸部や低地といった伝統的なワイン生産地域は、21世紀末までにブドウ栽培が困難になる可能性があると指摘されています。これらの地域の29%は、熱波の増加や過度の干ばつに直面し、プレミアムワインの生産が困難になる可能性も明らかになっています。

一方で、気温上昇はこれまでブドウ栽培に適さなかった地域に新たな機会をもたらしています。米国ワシントン州やオレゴン、タスマニア、フランス北部、英国南部など、高い緯度や高度の高い地域では、気温の上昇に伴って生産量が増加したり、ワイン生産に適した地域が新たに出現する可能性があります。実際に、イギリス、スウェーデン、ノルウェーといったこれまでワイン生産が限定的だった国々で、ブドウ栽培プロジェクトへの投資が拡大しています。ドイツのモーゼル地方の生産者の証言では、過去25年間で各産地の平均気温が、あたかも約300km南に移動したかのように変化していると述べています。

このような地理的シフトは、単なる生産地の移動以上の意味を持ちます。それは、長年にわたり培われてきた「テロワール」の概念、すなわち特定の地域とブドウ品種、栽培・醸造方法の間に存在する深い結びつきが根底から揺らぐことを意味します。伝統的な産地が新たな品種を補助的に導入する際、その使用比率を制限したり、ラベル表示を認めなかったりするのは、伝統的なブランドイメージと品質を維持しつつ、現実的な適応を試みる複雑な状況を示しています。この変化は、ワインの地域アイデンティティを再定義し、場合によっては全く新しいブランド戦略やマーケティング手法を必要とするでしょう。

パリ協定で設定された目標、すなわち世界の気温上昇を産業革命前の水準より2度以内に抑えることが達成されれば、伝統的なブドウ園の半分以上が安全な基準とみなせるとされています。このことは、気候変動対策がワイン産業の未来にとって極めて重要であることを示唆しています。

ブドウ栽培への影響

生育サイクルの早期化とフェノロジーの変化

地球温暖化は、ブドウの生育サイクル、特にフェノロジー(萌芽、開花、ヴェレゾン、収穫などの季節ごとの発育段階)に顕著な早期化をもたらしています。多くのブドウ品種で、これらの成長段階や収穫開始日が、一般的に2週間ほど早まっていることが確認されています。例えば、フランスのアルザス地方のリースリング種では、ヴェレゾン(色づき開始)が1958年から2013年にかけて徐々に早まり、9月頃だったのが8月初旬まで前倒しになっています。フランスの主要産地では、かつて9月から10月初旬に行われていた収穫が、今では8月から始まることも珍しくありません。

この生育サイクルの早期化は、一見すると温暖化の恩恵(例えば、冷涼地域でのブドウの完熟促進)と捉えられがちですが、実際には複合的なリスクを内包しています。第一に、芽吹きが早まることで、春の遅霜による被害リスクが顕著に増加します。ブドウの木は休眠期には低温に耐えられますが、芽吹き後は急速に耐寒性が低下するため、予期せぬ低温が壊滅的な収量減につながる可能性があります。第二に、成熟期が夏のより高温な時期に移行することで、ブドウが過熟になり、糖度が過度に上昇し、酸度が低下する傾向が強まります。さらに、黒色品種では、高温ストレスによりアントシアニン(色を形成する色素)の生成が阻害され、「赤熟れ」と呼ばれる着色不良が発生しやすくなります。これは食味には影響しないものの、外観が劣るため商品価値が著しく低下します。このように、生育サイクルの早期化は単純な「前進」ではなく、新たな栽培管理の課題と品質リスクを生み出しています。

ブドウ品質への影響:着色不良(赤熟れ)、糖度上昇と酸度低下

温暖化はブドウの品質に直接的な影響を与え、ワインの特性を大きく変えつつあります。最も顕著な変化の一つが、糖度の上昇と酸度の低下です。ブドウ果実は成熟するにつれて糖分を蓄積し、同時に酸(主にリンゴ酸)が消費されて減少します。温暖化による高温環境は、この成熟プロセスを加速させ、結果としてブドウの糖度が過度に高まり、ワインのアルコール度数も上昇する傾向にあります。例えば、フランスのロワール地方のカベルネ・フラン種では、約30年間で潜在アルコール度数が2%ほど上昇したという報告があります。

酸度の低下は、ワインのpH(水素イオン濃度)の上昇を招きます。このpHの上昇は、ワインの味わい、特に渋みや収斂感を弱める可能性があります。また、タンニンなどのフェノール類がイオン化しやすくなり、酸化傾向が強まることで沈殿しやすくなるため、ワインの色調や安定性にも影響を与えます。さらに深刻なのは、pHの上昇がワインの微生物的安定性を損なうリスクを高めることです。ワインの安定性は本来、低いpHと二酸化硫黄(SO2)の添加によって保たれていますが、pHが高くなると微生物(乳酸菌の一部やペディオコッカスなど)が活発になりやすくなり、ワインの劣化や欠陥臭の原因となる可能性があります。これは、ワインの長期熟成能力にも悪影響を及ぼすため、生産者は品質維持のために新たな醸造技術(例えば、酸添加、特定の酵母選択、脱アルコール技術)を導入せざるを得なくなります。

アロマ成分の変化も重要な影響です。高温環境下では、特定の芳香化合物(例えば、青ピーマンのような香りのIBMPや、スパイシーな香りのRotundone)の生成が抑制される一方で、石油のような香りのTDNが増加する可能性があります。これにより、ワインの風味プロファイルが変化し、伝統的なスタイルのワインとは異なる特徴を持つようになることもあります。冷涼な気候(成長期13-15℃)が酸度の保持や風味形成に適しているとされることからも、温暖化がこの繊細なバランスを崩す要因となっていることがわかります。

異常気象の増加:山火事、干ばつ、霜害、雹害、病害虫の拡大

気候変動は、ワイン生産地域における異常気象の頻度と強度を増加させ、ブドウ栽培に多大な被害をもたらしています。これらの自然災害は、単に収量減少という量的な被害だけでなく、ワインの品質に「質的な欠陥」をもたらす新たな課題を突きつけています。

山火事と煙害(スモークテイント): 気温上昇と乾燥化は山火事の発生確率と延焼リスクを増加させます。カリフォルニア州では、高温乾燥が続いた結果、大規模な山火事が頻発し、有名なナパ・バレーにも甚大な被害が及んでいます。これらの山火事から発生する煙は、ブドウの皮や中身に浸透し、「スモークテイント」と呼ばれる焦げ臭や灰臭をワインに付与します。このオフフレーバーはワインの商品価値を著しく低下させ、最悪の場合、ワインが売り物にならなくなる致命的な欠陥となります。スモークテイントの原因物質である揮発性フェノール類はブドウ内部に吸収され、糖と結合して非揮発性の前駆体となるため、収穫後の洗浄では除去できません。また、目に見える煙がなくても汚染される可能性があり、収穫時に汚染の程度を正確に評価することが困難であるため、生産者にとっては経済的損失だけでなく、ブランドイメージの毀損にもつながる深刻なリスクとなっています。

干ばつと水ストレス: 気温上昇と降雨パターンの変化により、ブドウ樹への水ストレスが増加しています。特に地中海地域や南アフリカでは降雨量が減少傾向にあり、干ばつはブドウの品質と収穫量に多大な影響を及ぼします。カリフォルニアやオーストラリアでは、水資源不足が深刻な課題となっています。

長雨と病害虫の増加: 伝統的なワイン生産国では、ひょうや嵐などの異常気象が増加しており、干ばつによる収量減少と相まって、多くの企業が困難に直面しています。フランスでは春以降の長雨が受粉不良や開花の不順を引き起こし、結実不良や花ぶるいを多発させ、ブドウの減少につながっています。また、カビが原因のべと病やうどんこ病も各地で広がっており、特にオーガニック栽培やビオディナミ農法を導入している生産者にとっては、化学農薬の使用制限があるため、従来の農法よりも大きな打撃となります。これは、持続可能な農業への移行を目指す業界全体の努力と、気候変動がもたらす即時の脅威との間に新たな緊張関係を生み出しています。

ワイン品質とテロワールへの影響

アルコール度数と酸度の変化メカニズム

地球温暖化は、ブドウの成熟プロセスに影響を与え、結果としてワインのアルコール度数と酸度のバランスを変化させています。ブドウ果実は成熟が進むにつれて、糖分を蓄積し、同時に酸(主にリンゴ酸)が減少します。温暖化による高温環境は、この糖度の上昇と酸の減少を加速させる傾向にあります。

ブドウの糖度が高まると、酵母によるアルコール発酵によって生成されるアルコール量も増加するため、ワインのアルコール度数が上昇します。これは、ロワール地方のカベルネ・フラン種の例で、約30年間で潜在アルコール度数が2%ほど上昇したことからも明らかです。

同時に、総酸度の低下はワインのpH(水素イオン濃度)の上昇を招きます。pHの上昇は、ワインの化学的バランスと微生物的安定性に複合的な影響を及ぼします。まず、ワインの味わいにおいて、渋みや収斂感が弱く感じられるようになることがあります。これは、pHが高くなるとタンニンなどのフェノール類がイオン化しやすくなり、酸化傾向が強まることで沈殿しやすくなるためです。

さらに重要なのは、pHの上昇がワインの微生物的安定性を著しく損なうことです。ワインの安定性は、その低いpHと二酸化硫黄(SO2)の添加によって保たれていますが、pHが高くなると、望ましくない微生物(乳酸菌の一部やペディオコッカスなど)が活発になりやすくなり、ワインの劣化や欠陥臭の原因となる可能性があります。また、pHが高いとSO2の効果が低下し、ワインの酸化を促進します。赤ワインの色素であるアントシアニンも高pH環境では安定性が損なわれ、色調が変化しやすくなります。これらの変化は、ワインの長期熟成能力にも悪影響を及ぼすため、生産者は品質維持のために新たな醸造技術(例えば、酸添加、特定の酵母選択、脱アルコール技術)を導入せざるを得なくなります。

ワインの官能特性(風味、アロマ)への影響

温暖化によるブドウの成分変化は、ワインの官能特性、特に風味やアロマのプロファイルに直接的かつ複雑な影響を与えています。高温ストレスは、特定の芳香化合物(例えば、ソーヴィニヨン・ブランのグレープフルーツやパッションフルーツの香りに寄与するチオール類)の生成を減少させたり、逆に、熟した果実やジャムのような香り、あるいは煮詰めた野菜のような香りが過度に強調されたりすることがあります。また、前述のピラジン類の減少やTDNの増加は、ワインの複雑性やバランスを損ない、伝統的なスタイルとは異なる風味特性を持つことにつながります。

ワインの熟成能力も影響を受けます。熟成能力とは、ワインが熟成プロセスに耐え、長期間後に最適な官能特性に達する能力を指しますが、気候変動によるブドウ成分の変化は、ワインの熟成ポテンシャルにも影響を与えると考えられます。

また、年ごとの気候条件はワインの風味やアロマに微妙な変化をもたらします。これはエッセンシャルオイルの品質が原料植物が育った年の気候条件によって変動するのと同様です。例えば、神戸ワイナリーの事例では、長雨の影響を受けた2021年の新酒は「あっさり目」の味わいになった一方、太陽をたっぷりと浴びた2022年の新酒は「味に厚み」があり、酸味などのバランスも良好であったと報告されています。このように、気候変動はヴィンテージごとのワインの個性をより極端な形で表現し、生産者にとっては毎年異なる挑戦を突きつけることになります。

「テロワール」概念の変容と地域特性の維持

「テロワール」は、ワインの品質と特性が、特定の地理的環境(土壌、地形、気候、日照、降雨パターンなど)と、その土地で長年培われてきた栽培・醸造技術の相互作用によって形成されるという、ワイン造りの根幹をなす概念です。特に旧世界のワイン産地にとっては、テロワールは地域ブランドの生命線であり、その独自性と価値を保証するものです。

しかし、地球温暖化は、このテロワールを構成する気候要素を直接的に変化させ、伝統的なブドウ品種がその土地に適さなくなる事態を引き起こしています。平均気温の上昇は季節の長さに影響を与え、その結果、特定の地域に適応するブドウ品種も変わってきています。フランスのボルドー・サイエンス・アグロの研究が示すように、産業革命前からの気温上昇が2度を超すと、現在のワイン生産地域の多くがブドウ栽培に適さなくなるリスクがあり、これはテロワールの特徴が失われる懸念につながります。イタリア南部のカンパーニア州「Valle Telesina」のシミュレーションでは、2100年までに伝統品種アリアニコの栽培適地が減少し、その地域で栽培するメリットが得られなくなると予測されています。

この状況は、生産者にブドウ品種の変更や栽培地の移動を余儀なくさせています。例えば、イタリアのピエモンテ州アルタランガでは、適切な酸味と鮮度を維持するため、ブドウ畑が海抜250mから800-1000mへと大きく移動しています。アブルッツォ州でも、植栽の標高規定が海抜600mから800mに引き上げられました。これは、標高が100m高くなると気温が約0.65℃下がるとされるため、冷涼な環境を求める動きです。

このような変化は、ワインの品質や風味プロファイルだけでなく、その地域が長年築き上げてきた歴史、文化、そして法的な原産地呼称(AOC/PDO)の枠組みそのものに大きな影響を与えます。欧州の原産地呼称ワインは、栽植密度、剪定法、収量、灌水、収穫法などに厳格な基準が定められており、灌漑が禁止される期間もあります。気候変動による環境変化は、これらの伝統的な規制と、ブドウ栽培の持続可能性との間に矛盾を生じさせています。このため、伝統を重んじるボルドーでさえ、AOC規定に新たな品種の導入を承認する動きが出ているのです。

伝統的な産地が新たな品種を導入する際、その使用比率を制限したり、ラベル表示を禁じたりするのは、テロワール概念の崩壊を防ぎ、地域ブランドの独自性を守ろうとする切実な試みです。将来的には、「変化するテロワール」という新たな概念の受容や、地域ブランドの再構築が求められることになるでしょう。これは、ワインの品質を維持しつつ、その地域独自のアイデンティティをいかに次世代に継承していくかという、ワイン業界にとっての喫緊の課題となっています。

ワイン業界の適応戦略

地球温暖化がもたらす広範な影響に対し、ワイン業界はブドウ畑、醸造所、そして地域・政策レベルで多岐にわたる適応戦略を展開しています。

ブドウ畑レベルの適応策

ブドウ畑における適応策は、気候変動の直接的な影響を緩和し、ブドウの健全な生育と品質維持を目指すものです。

温暖化対応品種・台木の導入と育種

高温下でのブドウの着色不良(赤熟れ)に対応するため、日本の農研機構が開発した「グロースクローネ」(赤ワイン用)や「涼香」(白ワイン用)といった高温でも着色しやすい新品種の導入が進められています。これらの品種は、日本の温暖多湿な気候条件に適応するよう育種されており、安定した品質のブドウ生産に貢献すると期待されています。

フランスのボルドー地方では、伝統を重んじるAOC(原産地呼称)規定に、気候変動に適応した新たな7品種(赤ワイン用4種:アリナルノア、カステ、マルセラン、トウリガ・ナショナル、白ワイン用3種:アルバリーニョ、リリオリラ、プティ・マンサン)の導入が承認されました。これらの品種は補助品種として作付面積やブレンド比率に制限があり、ラベルへの記載も認められていませんが、これは伝統的な品質とブランドイメージを維持しつつ、現実的な適応を試みる姿勢の表れです。

しかし、これらの新品種導入には大きな壁が存在します。特に伝統的なワイン産地では、厳格なワイン法(原産地呼称制度:AOC/PDO)によって栽培品種が厳しく制限されており、これはその地域のテロワールとブランドイメージを保護するためです。そのため、品種変更にはワイン法の改正が不可欠であり、これは生産者組合、地方政府、中央政府、さらにはEUの承認を要する、非常に時間と労力を要するプロセスとなります。ボルドーの事例のように、新たな品種が補助的に承認されても、作付面積やブレンド比率、ラベル表示に制限が課されることが多く、伝統的な品質とブランドイメージを維持しつつ適応を図る難しさを示しています。

また、遺伝子組み換え技術(GM)を用いた品種改良は、病害耐性や気候変動適応能力を高める可能性を秘めていますが、多くの国や消費者から倫理的・安全性の懸念が示されており、ワイン業界ではほとんど導入されていません。代わりに、古典的な交配育種や、古くから存在していたが栽培されなくなった「忘れられた品種」の再評価が進められています。これらの品種の中には、高温や乾燥に強い特性を持つものがあり、新たな適応策として注目されています。

オーストラリアでは、温暖化に加えて生産者の祖先の出身国のブドウ品種を栽培したいという意向もあり、「オルタナティヴ品種」(伝統的なカベルネ・ソーヴィニヨンやシャルドネ以外の品種)の導入が進んでいます。オーストラリア連邦科学産業研究機構(CSIRO)は、干ばつ耐性のある新品種「シエナ」を開発するなど、研究機関も適応に貢献しています。イタリアでは、固有の遺伝子型を持つ土着品種が外来品種よりも気候変動に対する耐性が高いとされ、その活用が進められています。干ばつ耐性を持つ台木の研究も重要であり、ボルドーではリヒター110(R110)が乾燥土壌で良好な結果を示しています。日本の山梨大学ワイン科学研究センターも、温暖な気候に適した赤ワイン用ブドウ品種の育種や栽培技術の開発に取り組んでいます。

栽培技術の革新

ブドウの生育サイクルの早期化や高温化に対応するため、様々な栽培技術が革新されています。サントリー登美の丘ワイナリーでは、温暖化による成熟遅延に対応するため、「副梢栽培」を導入しました。これは、新梢の先端を切除し、脇芽を育てることで成熟開始時期を遅らせ、収穫期を11月中旬までずらす方法です。これにより、ブドウが涼しい時期にゆっくりと成熟し、酸と糖のバランスが取れた品質の高いブドウを収穫できるようになります。

ブドウの成熟を遅らせるためのその他の戦略としては、剪定時期を遅らせる(遅延剪定)、樹幹の高さを増す(高仕立て)、葉面積と果実重量の比率を減らす、台木やクローンの選択、そして日陰を作るためのキャノピー管理(摘葉制限や葉の配置調整)などが挙げられます。神戸ワイナリーでは、長雨対策としてブドウの房にビニール製の雨よけ「ブドウガード」を設置し、病害リスクを低減し収量減少を防いでいます。ボルドーでは、摘葉制限による日焼け防止、収穫時期の調整(夜間収穫や早朝収穫)、栽植密度の緩和といった適応策が講じられています。フランスでは、熱波や雨、霜、雹からブドウを守るために、実験的に「Viti-tunnel(ブドウ畑カバー)」の使用が認められています。これは、ブドウ畑全体をビニールやネットで覆うことで、極端な気象条件からブドウを保護するものです。南欧では、高温対策として日本の「棚栽培(Pergola)」システムの再評価が進められています。水ストレス対策としては、点滴灌漑の普及や、土壌水分センサーを用いた自動遠隔操作システムなど、効率的な水資源活用と樹勢管理が図られています。一部の地域では、ブドウに軽い水ストレスを与えることで、ブドウの品質を高める「デフィシット灌漑」も研究されています。

土壌管理と再生型農業の推進

土壌の健全性を維持し、気候変動へのレジリエンスを高めるための取り組みも進んでいます。サントリーは、農薬や肥料を最小限に抑え、土壌の微生物や益虫を増やす「草生栽培」により、生物多様性に富む豊かな土質を形成しています。草生栽培は、土壌浸食を防ぎ、土壌の保水力を高め、有機物を増加させる効果があります。また、剪定枝を炭化して土壌に混ぜ込みCO2を貯留する「バイオ炭」の利用や、「4パーミル・イニシアチブ」といった炭素隔離を目指す活動も実践されています。

「再生型農業」は、土壌の健全性回復、生物多様性の再導入、炭素隔離を主な目的とする、より包括的なアプローチです。これは、被覆作物(カバークロップ)の栽培、不耕起栽培、化学肥料や農薬の使用最小化、家畜の統合放牧などを組み合わせることで、土壌の有機物含量を増やし、土壌の構造を改善し、水保持能力を高めることを目指します。被覆作物は、土壌浸食を防ぎ、雑草の成長を抑制し、土壌の窒素固定を助け、生物多様性を高めます。不耕起栽培は、土壌構造を破壊せず、炭素を土壌中に固定するのに役立ちます。神戸ワイナリーでは、牡蠣殻を土壌改良材に、塩生産の副産物である苦汁を農業資材に、羊毛やチーズの廃棄物を肥料に活用するなど、地域と連携した持続可能な取り組みを行っています。これらの取り組みは、資源の循環利用を促進し、地域経済にも貢献します。

再生型農業は、単に環境負荷を低減するだけでなく、生態系全体の回復と気候変動の緩和に積極的に貢献する新たなパラダイムを示しています。これは、土壌の炭素貯留能力を高め、生物多様性を向上させることで、ブドウ樹の回復力を高めることを目指します。このアプローチは、気候変動への「適応」だけでなく、その原因である温室効果ガス排出の「緩和」にも寄与する点で画期的なものです。さらに、経済的実現可能性と若い世代の消費者の価値観にも合致しており、将来的にワインの品質やブランド価値を決定する重要な要素となる可能性を秘めています。

醸造所レベルの適応策

ブドウ畑での適応策に加え、醸造所でもワインの品質バランスを維持し、環境負荷を低減するための様々な取り組みが行われています。

酵母選択と醸造技術の調整

気候変動によるブドウの糖度上昇とそれに伴うアルコール度数の増加に対応するため、醸造技術の調整が進められています。フランス国立農学研究所(INRA)のLACCAVEプロジェクトでは、糖類のアルコールへの形質転換を制限するイースト(酵母)の活用が研究成果として挙げられています。これらの酵母は、同じ糖度でも最終的なアルコール度数を低く抑えることができ、ワインのバランスを保つのに役立ちます。

ワインのアルコール度数上昇に対する対策として、フランスでは「加水」の合法化が議論されています(現在は違法ですが、一部で黙認されているのが実情です)。OIVは、加水ではなく、より高度な技術を用いた「脱アルコール技術」の合法的な利用を推奨しています。これには、スピニングコーン(遠心分離機でアルコールを分離する)や逆浸透膜装置(膜を通してアルコール分子を分離する)などがあります。これらの装置は高コストであるため、多くの生産者にとっては導入が難しいという課題がありますが、低アルコールワインやノンアルコールワインの需要の高まりとともに、その技術は進化し、導入が進む可能性があります。

高pHワインの酸度を調整するためには、ブドウから酒石酸を除去する実験や、乳酸を生成してpHを下げる酵母の開発も行われています。また、ワインの熟成容器として、伝統的な小樽だけでなく、大型のフードル樽やアンフォラ(素焼きの壺)の使用が増えており、これらはワインの新鮮さを保ち、適切なpHレベルを維持するのに役立つとされています。

エネルギー効率化と廃棄物削減

持続可能なワイン造りを目指し、多くのワイナリーがエネルギー効率化と廃棄物削減に取り組んでいます。これは、健全な土壌の保持、殺虫剤等の使用縮小、水やエネルギーの節約、空気や水質の保全、生態系の保護、資源のリサイクルといった多岐にわたる活動を含みます。

イタリアのサルケートは、電気・ガス供給なしで完全自給自足の「オフグリッド・ワイナリー」を実現した先進事例です。太陽光発電や地下の冷気を活用した自然空調システムを導入し、環境への配慮を徹底しています。フランスのシャトー・プピーユは、剪定したブドウの枝を利用した熱循環システム、ソーラーパネル、排水リサイクルシステムを導入し、年間13トンもの二酸化炭素排出量を削減しています。シャトー・スミス・オー・ラフィットは、アルコール発酵の副産物として排出されるCO2を固形化して洗剤や医薬品などに再利用する革新的な取り組みを行っています。

オーストラリアのバートン・ヴィンヤーズは、ラベルの仕様を変更して78%の軽量化を実現し、輸送にかかるエネルギーを軽減しています。これは、製品のライフサイクル全体での環境負荷を考慮した取り組みです。チリのベサは、太陽光発電の利用、水使用量の削減、梱包材の軽量化、有機廃棄物の肥料化など、8つの環境保全活動を包括的に推進しており、その取り組みは国際的な認証機関からも高く評価されています。これらの事例は、ワイン業界が単なる生産活動に留まらず、地球環境全体に配慮した持続可能なビジネスモデルへと移行していることを示しています。

地域・政策レベルの適応策

気候変動への対応は、個々の生産者の努力だけでなく、地域全体や政策レベルでの協力が不可欠です。

原産地呼称(AOC/PDO)規制の変更

伝統的なワイン産地では、気候変動に対応するため、原産地呼称(AOC/PDO)規制の見直しが進んでいます。フランスのシャンパーニュ地方は、2003年にワイン産地として世界で初めて二酸化炭素排出量の測定を導入し、削減に向けた5つの方針を掲げました。その結果、2018年までにボトルあたりのCO2排出量を20%削減(ボトル軽量化を含む)、窒素肥料50%削減、産業廃棄物90%リサイクル、廃水・副産物100%リサイクルを達成しています。さらに、2030年までに全ての農場で環境認証取得、2050年までに除草剤ゼロという野心的な目標を設定しています。

イタリアのアブルッツォ州では、温暖化によるブドウの過熟化に対応するため、ブドウ畑の植栽標高規定が海抜600mから800mに引き上げられました。スペインやイタリアでは、気候温暖化の進行により、一部の灌漑規制が緩和される動きも見られます。

これらの規制の進化は、伝統的なワイン産地の原産地呼称(AOC/PDO)規制に根本的な見直しを迫っています。これまで厳格に守られてきたブドウ品種の指定や栽培方法、灌漑の制限などが、温暖化による環境変化に対応できなくなっているためです。規制当局は、科学的知見(INRAのLACCAVEプロジェクトなど)と生産現場のニーズのバランスを取りながら、いかに柔軟かつ迅速に変化に対応できるかが、伝統産地の未来を左右する重要な要素となっています。このプロセスは、伝統的な価値観と現代の環境課題との間で、常に議論と調整を必要とします。

研究機関・大学との連携と技術開発

気候変動への適応には、科学的な知見と技術開発が不可欠であり、研究機関や大学との連携が強化されています。フランス国立農学研究所(INRA)は、2012年から2015年にかけてLACCAVEプロジェクトを実施しました。このプロジェクトは、気候学、遺伝学、栽培学、醸造学など23の研究所が協力し、気候変動に対するブドウの反応、適応技術の開発、経済的戦略などを総合的に検討しました。

日本では、山梨大学ワイン科学研究センターが日本のワイン科学教育・研究の中核として、温暖化対策や有機栽培推進に向けた圃場整備、温暖な気候に適したブドウ品種の育種など、「シン・山梨大学ワインプロジェクト」を推進しています。これは、日本のワイン産業が直面する気候変動の課題に対し、科学的なアプローチで長期的な解決策を模索する重要な取り組みです。

持続可能性認証と環境保全活動

ワイン業界は、持続可能な農業実践を推進するため、様々な認証制度の導入と環境保全活動に積極的に取り組んでいます。オーストラリアでは「Sustainable Winegrowing Australia Certification」が導入され、持続可能なブドウ栽培とワイン醸造の取り組みを評価・認証しています。フランスでは、HVE3(環境価値重視認証)やオーガニック認証の取得が進んでいます。

Regenerative Viticulture Foundation (RVF) は、再生型ブドウ栽培を科学、コミュニケーション、生産者支援を通じて推進するグローバルな非営利団体です。RVFは、土壌の健康改善、生物多様性の再導入、炭素隔離を通じて気候変動を逆転させることを目指しています。この再生型農業への移行は、単なる環境負荷の低減にとどまらず、生態系全体の回復と気候変動の緩和に積極的に貢献する新たなパラダイムを示しています。これは、土壌の炭素貯留能力を高め、生物多様性を向上させることで、ブドウ樹のレジリエンス(回復力)を高めることを目指します。再生型農業は、経済的実現可能性と若い世代の消費者の価値観にも合致しており、将来的にワインの品質やブランド価値を決定する重要な要素となる可能性を秘めています。

主要ワイン生産地域の事例分析

地球温暖化の影響は世界各地のワイン生産地域で異なり、それぞれの地域が独自の課題に直面し、適応策を講じています。

フランス:ボルドー、シャンパーニュ、アルザスにおける影響と適応

ボルドー

ボルドー地方では、過去70年間で平均気温が2℃上昇し、ブドウの生育期間が短期化、熟成・収穫が早期化(過去30年で約20日早まる)しています。これにより、干ばつ、熱波、春の遅霜害のリスクが増加しています。

これに対し、ボルドーは多角的な適応策を講じています。気候変動に適応した7つの新たなブドウ品種(ヴィティス・ヴィニフェラ同士の交配種)をAOC規定に補助品種として導入し、作付面積やブレンド比率を制限しつつ、品質維持を図っています。干ばつ耐性を持つ台木(リヒター110)の探索も進められており、シャトー・モンローズでは栽植密度を調整してブドウの成熟を遅らせる試みが行われています。また、酸度を高める酵母の選択や、熱波や霜害からブドウを守るためのブドウ畑カバー「Viti-tunnel」の実験的導入も行われています。シャトー・スミス・オー・ラフィットはISO14001を取得し、発酵で排出されるCO2のリサイクルや化学肥料不使用の「BIO PRECISION」哲学を実践するなど、持続可能性への取り組みも進んでいます。

シャンパーニュ

シャンパーニュ地方では、過去30年間で平均気温が1.1℃上昇し、収穫時期が早期化(8月収穫も珍しくない)しています。この変化は、シャンパーニュに不可欠な「生き生きとした酸味」が失われる可能性や、季節外れの寒さによる霜害リスクを高めるという懸念を生んでいます。

シャンパーニュは、ワイン産地として世界で初めて2003年にCO2排出量測定を導入し、排出量削減に向けた5つの方針を策定しました。その結果、2018年までにボトルあたりのCO2排出量を20%削減(ボトル軽量化を含む)、窒素肥料50%削減、産業廃棄物90%リサイクル、廃水・副産物100%リサイクルを達成しています。さらに、2030年までに全農場の環境認証取得、2050年までに除草剤ゼロという野心的な目標を設定しています。大手メゾンも、ヴィンテージの個性を重視した製品(ルイ・ロデレール「コレクション」)や、環境配慮型パッケージ(ルイナール「セカンドスキン」)、ギフト包装の廃止(テルモン)などの取り組みを進め、持続可能性とブランド価値の維持を両立させようとしています。

アルザス

アルザス地方では、リースリング種のフェノロジー(芽吹き、開花、ヴェレゾン、収穫)が過去70年間で大幅に早期化しています。これにより、ブドウの成熟期が夏のより高温な時期に移行し、ワインの酸度や風味に影響を与える可能性が指摘されています。今後の温暖化を見据え、フランス南部のローヌ地方の品種であるシラーを試験的に栽培し、適切な酸度を維持しようとする動きも見られます。

イタリア:収穫期早期化、標高移動、土着品種の活用

イタリアでは、高温と干ばつにより収穫時期が早期化しており、2022年は特にランガとフランチャコルタで過去最も早いヴィンテージの一つとなりました。これにより、ワインの官能的・感覚的特性に重大な影響が及び、ひょうや嵐といった異常気象も増加しています。

適応策として、ブドウ畑の標高移動が顕著です。ピエモンテ州アルタランガのブドウ畑は、適切な酸味と鮮度を維持するため、海抜250mから800-1000mへと大きく移動しています。アブルッツォ州でも、植栽の標高規定が海抜600mから800mに引き上げられました。これは、標高が100m高くなると気温が約0.65℃下がるとされるため、冷涼な環境を求める動きです。

また、イタリアには固有の遺伝子型を持つ土着品種が多く存在し、これらは外来品種よりも気候変動に対する耐性が高いとされ、その活用が進められています。水資源管理も重要で、フェウド・アランチョは敷地内に人工湖を設け、冬の雨水を貯蔵し、コンピューター管理されたドリップ式灌漑システムで効率的に水を使用しています。排水も浄化して再利用するサイクルを確立しています。サルケートは世界初のオフグリッド・ワイナリーとして、太陽光発電や地下の冷気を活用した空調システムで完全自給自足を実現しています。

気温上昇の恩恵を受け、スカンジナビア諸国(スウェーデン、デンマーク、ノルウェー)でもブドウ栽培プロジェクトへの投資が拡大し、新たなワイン生産地として台頭しています。

カリフォルニア:山火事と水資源問題、品種選定の試み

カリフォルニア州では、高温乾燥が続き、大規模な山火事が頻発しています(2017年、2018年、2020年など)。これらの山火事は、有名なナパ・バレーにも甚大な被害を及ぼし、煙害「スモークテイント」はワインに焦げ臭を付与し、商品価値を失わせる深刻な問題となっています。水資源不足と干ばつも大きな懸念事項です。

カリフォルニアのワイナリーは、これらの問題に対応するため、気候変動や温暖化に適応した品種の選定に関する実験農場を設け、試験を行っています。欧州と異なり、栽培や新品種導入に関する規制が比較的少ないため、柔軟な対応が可能であるという利点があります。スターレーンヴィンヤードは灌漑用水の30%削減、養蜂、フクロウの巣箱設置、ナラの植樹など生態系維持に努めています。デリカート・ファミリー・ウィンヤーズは、野生動物の生息環境整備、醸造施設のエネルギー節約、水資源の節約、土壌修復など包括的な環境配慮を行っています。

オーストラリア:水資源管理とオルタナティヴ品種

オーストラリアワイン産業にとって、定常的に最も深刻な課題は水資源の不足と価格高騰です。また、山火事による直接的な損害や煙害も懸念されています。

これらの課題に対し、オーストラリアでは「オルタナティヴ品種」の導入が進められています。温暖化の影響に加え、生産者の祖先の出身国のブドウ品種を栽培したいという意向もあり、ピノ・グリ―ジョの成功に続き、世界各国の多くのブドウ品種の栽培が試行されています。灌漑技術の進化も不可欠であり、点滴灌漑のさらなる普及、水処理施設の増強によるリサイクル水活用の加速、地下で直接ブドウ樹の根に水を与えるシステムや土壌水分センサーによるモニターなど、効率的な水資源活用と樹勢管理に努めています。さらに、2025年には「Sustainable Winegrowing Australia Certification」を取得し、持続可能なブドウ栽培とワイン醸造の取り組みを推進しています。ラベルの軽量化による輸送エネルギー削減も行われています。

日本:着色不良対策と研究開発の取り組み

日本においても、地球温暖化の影響はブドウ栽培に顕著に現れています。特に黒色ブドウ品種である「巨峰」などでは、温暖化に伴い「赤熟れ」と呼ばれる着色不良の発生が増加し、商品価値の低下という大きな問題となっています。これは、果皮を黒くする色素であるアントシアニンの合成が高温で阻害されるために起こる現象です。また、温暖化の進行により、ブドウの成熟期である7月中旬頃の最低気温が下がりにくくなり、糖度の上昇や成熟が進みにくいという課題にも直面しています。

これらの課題に対し、日本では以下のような適応策や研究開発が進められています。

  • 着色不良対策: 施設栽培の導入により、開花期を早めて着色期が盛夏と重なるのを避けることで、着色不良を軽減できる可能性があります。また、高温でも着色しやすい新品種「グロースクローネ」や「涼香」の導入も期待されています。

  • 栽培技術の革新: サントリー登美の丘ワイナリーでは、温暖化による成熟遅延に対応するため、「副梢栽培」を導入しています。これは、新梢の先端を切除し、その後に芽吹く脇芽を育てることで、ブドウの成熟開始時期を遅らせ、収穫期を11月中旬までずらす方法です。このワイナリーでは、農薬や肥料を最小限に抑える「草生栽培」や、剪定枝を炭化して土壌に混ぜ込みCO2を貯留する「4パーミル・イニシアチブ」も実践し、持続可能なワイン造りを目指しています。

  • 研究機関との連携: 山梨大学ワイン科学研究センターは、日本のワイン科学教育・研究の中核として、温暖化対策や有機栽培推進に向けた圃場整備、温暖な気候に適したブドウ品種の育種など、「シン・山梨大学ワインプロジェクト」を推進しています。これは、日本のワイン産業が直面する気候変動の課題に対し、科学的なアプローチで長期的な解決策を模索する重要な取り組みです。

  • 地域連携: 神戸ワイナリーでは、長雨対策としてブドウの房にビニール製の雨よけ「ブドウガード」を設置し、収量減少を防いでいます。また、牡蠣殻や塩生産の副産物である苦汁、羊毛やチーズの廃棄物を肥料に活用するなど、地域と連携した持続可能な農業実践にも取り組んでいます。

これらの取り組みは、日本のワイン産業が気候変動の課題に積極的に対応し、高品質なワインを持続的に生産していくための重要なステップとなっています。

結論と将来展望

地球温暖化は、ワイン業界に前例のない課題を突きつけており、その影響はブドウの生育サイクル、品質、そして世界の生産量にまで及んでいます。OIVの報告が示すように、異常気象による生産量の歴史的な低水準は、この産業が直面する脆弱性を浮き彫りにしています。伝統的なワイン産地は栽培適地を失うリスクに直面し、新たな高緯度・高標高地域がブドウ栽培に適するようになるという地理的シフトは、ワインの「テロワール」概念の再定義を迫っています。ブドウの糖度上昇と酸度低下は、ワインの化学的バランスと微生物的安定性を損ない、品質維持に新たな技術的挑戦をもたらしています。特に、山火事による「スモークテイント」のような質的な欠陥は、生産者にとって致命的な経済的損失とブランドイメージの毀損につながる深刻な問題です。

しかし、これらの課題は同時に、ワイン業界に革新と持続可能性への移行を加速させる機会も提供しています。業界全体が、温暖化対応品種の導入、栽培技術の革新、再生型農業の推進、醸造技術の調整、そして規制の見直しや研究機関との連携といった多角的な適応戦略を積極的に展開しています。再生型農業は、単なる環境負荷の低減にとどまらず、生態系全体の回復と炭素隔離に貢献する新たなパラダイムを示し、若い世代の消費者の価値観とも合致しています。

提言

ワイン産業が持続可能な未来を築くためには、以下の提言が重要であると考えられます。

  1. 研究開発と技術革新への継続的な投資: 温暖化対応品種の育種、干ばつ耐性を持つ台木の開発、精密農業技術(スマート灌漑、センサー技術)の導入、そしてスモークテイントのような新たな品質問題への対処法開発は不可欠です。山梨大学ワイン科学研究センターやINRAのような研究機関への継続的な支援が求められます。

  2. 地域連携と情報共有の強化: 各地域の気候変動への適応策は多様であり、成功事例や課題を共有するプラットフォームの構築が重要です。地域ごとの気候変動予測に基づいた栽培計画の策定を支援し、生産者間の連携を促進すべきです。

  3. 原産地呼称(AOC/PDO)規制の柔軟な見直し: 伝統的な「テロワール」の価値を守りつつ、気候変動に適応するための規制緩和(例:新たな品種の導入、灌漑の柔軟化)を、科学的根拠に基づき慎重かつ迅速に進める必要があります。これにより、地域ブランドの持続可能性を確保し、市場の変化に対応できるレジリエンスを構築します。

  4. 再生型農業の普及と認証の推進: 土壌の健全性向上、生物多様性の回復、炭素隔離を目的とした再生型農業の導入を奨励し、関連する認証制度の普及を支援すべきです。これは、環境負荷の低減だけでなく、ブドウ樹のレジリエンスを高め、ワインの品質向上にも寄与します。

  5. 消費者への啓発と共創: 気候変動がワインにもたらす影響と、生産者が行っている適応努力について消費者に積極的に情報を提供し、理解を深めることが重要です。持続可能なワイン造りを支持する消費行動を促し、業界と消費者が一体となって未来のワイン文化を創造していく共創の機会を創出すべきです。

気候変動はワイン業界にとって、かつてないほどの変革を求める挑戦ですが、同時に、より環境に配慮した持続可能な産業へと進化する機会でもあります。この変革期において、科学的知見、技術革新、そして産業全体の協調が、未来のワインの品質と価値を決定する鍵となるでしょう。

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