はじめに
ワインテイスティングにおいて、ワインの外観を評価することは、そのワインの品質、熟成度、ブドウ品種、さらには醸造方法に関する最初の、そしてしばしば最も直接的な手がかりを提供します。これは、香りと味わいの評価に進む前の基礎的なステップであり、テイスターがワインに抱く期待を形成する上で不可欠な要素です。色調、清澄度、粘性といった外観の要素は、ワインの健全性や熟成の進捗、特定の醸造学的選択(例:樽熟成、マロラクティック発酵)を示唆し、テイスティング経験を豊かにするための重要な情報源となります。
本レポートは、白ワインの外観評価に特化し、専門的な日本語と英語の表現を網羅的に提供します。清澄度、色調、粘性といった主要要素の定義と表現例から始め、熟成、ブドウ品種、醸造方法が外観に与える影響を詳細に分析します。WSET SATなどの標準的なテイスティング手法における実践的な応用についても解説することで、ワイン愛好家からプロフェッショナルまで、皆様のテイスティングスキルと国際的なコミュニケーション能力の向上を目指します。
I. 白ワイン外観評価の主要要素
白ワインの外観評価は、主に清澄度、色調、粘性の三つの要素に焦点を当てて行われます。これらの要素を詳細に観察することで、ワインの様々な特性を読み解くことが可能になります。
A. 清澄度と輝き
清澄度とは、ワインの透明度を指し、浮遊物の有無によって評価されます。一方、輝きは、ワインが光をどれだけ反射し、生き生きと見えるかを示す指標です。
定義と評価基準
清澄度の高い白ワインは、日本語で「輝きのある」や「クリスタルのような」と表現されます。英語では、輝きの度合いを示すスケールとして、”Cloudy”(濁っている)、”Hazy”(かすかに濁っている)、”Dull”(くすんでいる)、”Bright”(明るい)、”Day bright”(非常に明るい)、”Star bright”(星のように輝く)、”Brilliant”(非常に鮮やかで澄み切っている)などが用いられます。特に”Brilliant”は、目に見える浮遊物や澱が全くなく、完全に澄んでいる状態を指します。一般的なテイスティングにおいては、”Clear”(澄んでいる)という表現がよく用いられます。
清澄度が示すワインの状態
通常、ワインは透明な液体ですが、発酵直後の白ワインには酵母や果皮の微細な粒子が混じり、かすかに濁ることがあります。この濁りを取り除く作業は「清澄作業」と呼ばれ、澱引きや清澄剤の添加によって行われます。WSET SAT(Systematic Approach to Tasting)では、ほとんどのワインは「Clear(澄んでいる)」と評価されることが期待されますが、一部のプレミアムワインでは、風味やテクスチャーを最大限に引き出すために意図的に無濾過(unfiltered)や無清澄(unfined)で造られることがあり、その結果として「Hazy(かすかに濁っている)」外観を呈する場合もあります。この点は、WSETの試験において通常採点対象外とされており、清澄度が必ずしもワインの品質を直接的に示すものではないという考えが背景にあります。多くのテイスターは「澄んでいる=良いワイン」という直感的な認識を持ちがちですが、実際には、一部の高級ワインでは、これらの浮遊物がワインの複雑な風味や口当たりに寄与すると考えられ、あえて清澄作業を最小限に抑えたり、行わなかったりすることがあります。したがって、テイスターは単に「濁り」を欠陥と見なすのではなく、そのワインのスタイルや生産者の意図を考慮に入れる必要があります。これは、外観評価が単なる観察ではなく、ワインの背景知識と結びついた解釈のプロセスであることを示しています。
Table 1: 白ワインの清澄度・輝き表現(日・英対照)
日本語表現 | 英語表現 | 補足/意味 |
輝きのある |
Brilliant, Star bright |
非常に鮮やかで澄み切っている、光を強く反射する |
クリスタルのような |
Brilliant |
水晶のように透明で光沢がある |
澄んだ |
Clear, Bright, Day bright |
浮遊物がなく透明、光を反射し明るい |
かすかに濁った |
Hazy |
目に見える浮遊物があるが、透明度は保たれている(無濾過ワインなど) |
濁った |
Cloudy |
浮遊物が多く、透明度が低い |
くすんだ |
Dull |
輝きがなく、光沢がない |
B. 色調と濃淡
色調はワインの具体的な色(例:レモン色、金色)を指し、濃淡(Intensity)は色の濃さや色素の量を指します。白ワインでは、グラスを45度傾け、縁から中心部にかけて色の広がりを見ることで濃淡を評価します。
日本語と英語の表現例
色調 (Colour):
日本語では、「無色」「グリーンがかった黄色」「レモンのような黄色」「金色がかった黄色」「麦わら色がかった黄色」「黄金色」「蜂蜜色」「トパーズ」「赤胴色がかった黄色」「アンバー(琥珀色)」「茶色」「マホガニー」「灰色がかった」といった多様な表現が用いられます。英語では、”Colourless”、”Yellow-green”、”Lemon-yellow”、”Straw-yellow”、”Yellow-gold”、”Golden-yellow”、”Honey”、”Topaz”、”Old-gold”(with copper lights)、”Amber”、”Brown”、”Mahogany”、”Greyish”といった表現があります。WSETでは、白ワインの色調は主に”Lemon”、”Gold”、”Amber”の3段階で表現され、緑がかった色調は”Lemon-green”と表現されることもあります。
濃淡 (Intensity):
濃淡は、日本語で「淡い」「中程度」「濃い」と表現され、英語では”Pale”、”Medium”、”Deep”が標準的な用語です。グラスを45度傾け、縁の色の広がりで判断します。縁に水っぽい部分が広いほど”Pale”、色調が縁まで濃く広がっているほど”Deep”と評価されます。”Medium concentration”(中程度の濃さ)という表現も用いられます。
色調が示すワインの特性
熟成度と酸化:
白ワインの色は、熟成とともに淡い黄色から金色、そして非常に古くなると琥珀色や茶色へと変化します。これは主に酸化の影響によるもので、リンゴが切ると茶色くなるのと同様の現象です。ワイン中のフェノール化合物、特にカフタル酸などのヒドロキシケイ皮酸が酸化に関与し、褐変を引き起こします。若い白ワインは「淡いレモン色」や「無色」に近いことが多いですが、熟成が進むと「金色」を帯び、さらに「琥珀色」へと深まります。過度な酸化はワインを褐色化させます。
白ワインの「褐色化」は、必ずしも劣化を示すものではなく、特定のワインにおいては意図的な酸化熟成や長期熟成の証である場合があります。通常、若飲みタイプの白ワインが茶色に変色した場合、それは過度な酸化や劣化を示唆しますが、シェリーのように「意図的に酸化させて作られる」ワインでは、オーク樽で意図的に空気に触れさせることで「ナッツのような茶色」になります。また、極めて古いリースリングやソーテルヌも深い金色から琥珀色、さらには茶色に変化することがあります。シャルドネが熟成によって「深い金色」になり、「ドライピーチ、ドライアプリコット、蜂蜜、ジンジャー」といった複雑なアロマを発達させる例は、適切な熟成によるポジティブな変化を示しています。したがって、テイスターは白ワインの褐色化を見たときに、そのワインのスタイル、品種、生産者の意図を考慮する必要があります。単に「茶色いからダメ」と判断するのではなく、それが「意図された熟成の結果」なのか、「劣化」なのかを見極める能力が求められます。
ブドウ品種:
ブドウ品種によって典型的な色調があります。例えば、ソーヴィニヨン・ブランやピノ・グリ、リースリングは「非常に淡い」色調や「緑がかった黄色」を呈することが多いです。特にソーヴィニヨン・ブランは、淡い黄色に「緑がかった色合い」を帯びることが特徴で、これは草やピーマンのような風味と関連しています。この緑がかった色合いは、ワインが持つ特定の風味特性(特にハーブや柑橘系の風味)を視覚的に予測する手がかりとなります。この視覚と風味の直接的な関連性は、テイスターがグラスを傾けた瞬間に、そのワインが持つであろう風味の方向性を予測することを可能にします。
シャルドネは、醸造方法によって色調が大きく異なります。ステンレスタンクで発酵・熟成されたアンオークド(Unoaked)シャルドネは、より淡いレモン色で、爽やかで酸味の強いスタイルです。一方、オーク樽で発酵・熟成され、マロラクティック発酵を経たオークド(Oaked)シャルドネは、「より大胆な黄色」や「飽和した麦わらのような金色」を呈し、リッチでクリーミーなテクスチャーとバターのような風味を持ちます。貴腐ワインのソーテルヌやトカイ、ヴィオニエから造られるコンドリューなどは、若いうちから「金色」を呈することがあります。白ワインは通常、白ブドウから造られますが、黒ブドウの皮と接触させずに造られる白ワイン(ブラン・ド・ノワールシャンパーニュなど)も存在します。
ブドウ品種ごとの典型的な色調は、その品種のテロワール(気候)と醸造スタイル(オークの使用、マロラクティック発酵の有無)と密接に結びついており、外観からワインの原産地や生産者のアプローチを推測する手がかりとなります。例えば、シャルドネが「熱い気候で生産されたもの」は「より大胆な黄色」になると述べられており、これは温暖な気候でブドウがより熟し、色素が濃くなる傾向があるためです。同じシャルドネでも、オーク樽の使用やマロラクティック発酵の有無が色調に大きく影響を与えます。これは、生産者が意図的にこれらの技術を用いて、ワインのスタイル(例:リッチでクリーミーなものか、フレッシュでクリスピーなものか)を決定しているためです。したがって、テイスターは、例えば「濃い金色のシャルドネ」を見たときに、「これは温暖な産地で、樽熟成とマロラクティック発酵が施された、リッチなスタイルのワインだろう」と推測できます。
Table 2: 白ワインの色調表現(日・英対照)
日本語表現 | 英語表現 | 濃淡 | 補足/意味 |
無色 |
Colourless |
Pale |
若い、非常に淡い(ピノ・グリ、リースリングなど) |
グリーンがかった黄色 |
Yellow-green, Greenish |
Pale |
ソーヴィニヨン・ブランに特徴的、ハーブや柑橘系の風味を示唆 |
薄い黄色 |
Pale-yellow |
Pale |
若いワイン、軽やかなスタイル |
レモンイエロー |
Lemon-yellow, Lemon |
Pale-Medium |
若いワインの基準色、WSET SATの基本色 |
麦わら色がかった黄色 |
Straw-yellow |
Medium |
一般的な白ワインの色調 |
黄色 |
Yellow, Yellowish |
Medium-Deep |
|
黄金色がかった黄色 |
Yellow-gold |
Medium-Deep |
熟成の始まり、または特定の品種や醸造方法(樽熟成シャルドネ、貴腐ワイン) |
黄金色 |
Golden-yellow, Gold |
Deep |
熟成が進んだワイン、WSET SATの熟成色 |
蜂蜜色 |
Honey |
Deep |
熟成した甘口ワイン、貴腐ワイン |
赤胴色がかった黄色 |
Old-gold, with copper lights |
Deep-Amber |
熟成が進んだワイン、酸化の影響 |
トパーズ |
Topaz |
Deep-Amber |
熟成した白ワイン |
アンバー(琥珀色) |
Amber |
Deep-Amber |
長期熟成、または意図的な酸化熟成(シェリーなど)、WSET SATの最熟成色 |
茶色 |
Brown |
Deep-Brown |
過度な熟成、または劣化、意図的な酸化(シェリー) |
マホガニー |
Mahogany |
Deep-Brown |
非常に熟成が進んだワイン |
灰色がかった |
Greyish |
Pale-Medium |
特定の品種や醸造方法による |
C. 粘性(ワインの涙/レッグ)
粘性(Viscosity)は、ワインがグラスの壁を伝って流れ落ちる速度や、グラスの内側に形成される「涙」や「レッグ(Wine Legs / Tears of Wine / Church Windows)」の様子を指します。これは、アルコールの蒸発と表面張力によって引き起こされる物理現象(ギブス・マランゴニ効果)です。
日本語と英語の表現例
粘性は、日本語で「粘性」「ワインの涙」「レッグ」「筋」と表現されます。英語では”Viscosity”、”Wine legs”、”Tears of Wine”、”Church Windows”、”Streaks”といった用語が用いられます。具体的な表現としては、”Medium viscosity”(中程度の粘性)や、レッグの様子を形容する言葉として”Higher density of droplets”(液滴の密度が高い)、”Flow slower”(ゆっくり流れる)、”Wider”(幅が広い)などがあります。
粘性が示すワインの特性
アルコール度数と糖度:
レッグの形成は、主にワインのアルコール度数と糖度(残糖)に関連しています。アルコール度数が高いワインほど、グラスの側面に形成される液滴の密度が高くなります。また、糖度が高いワインはより粘性が高く、涙がゆっくりと流れ落ちます。しかし、「レッグ」はワインの品質を示すものではないとされています。
テクスチャーと醸造方法:
粘性の観察は、ワインの口当たりやテクスチャーがどのように形成されたかを推測する手がかりとなります。熟成した辛口白ワインは、「オイリーで粘性のあるテクスチャー」を発達させることがあります。これは、酸やアルコールが反応して新しい化合物を形成し、ワインの組成が変化するためです。さらに、澱との接触熟成(シュール・リー熟成、Sur lie aging)は、ワインに「より粘性」と「クリーミーで酵母のような特徴」を与えます。これを強化するためにバトナージュ(澱攪拌)が行われることもあります。マロラクティック発酵もまた、ワインの「口当たり(mouthfeel)」を向上させ、クリーミーでバターのような風味と豊かなテクスチャー(口内で感じる滑らかさや、舌の上での重み、とろみといった感覚)をもたらすことがあります。これは、グリセロールや酵母の自己分解によって生じる多糖類などの成分に起因します。したがって、粘性が高い白ワインを見た場合、テイスターは単に「アルコール度数が高いかも」と考えるだけでなく、「これはシュール・リー熟成やマロラクティック発酵が行われた可能性があり、よりリッチでクリーミーな口当たりが期待できる」という深い推測を立てることができます。この視点は、外観からワインの「触覚的」特性を予測する能力を高め、テイスティングの奥行きを深めます。
Table 3: 白ワインの粘性表現(日・英対照)
日本語表現 | 英語表現 | 補足/意味 |
粘性 |
Viscosity |
ワインがグラスの壁を伝って流れ落ちる速度 |
ワインの涙 |
Wine legs, Tears of Wine, Church Windows |
グラスの内側に形成される液滴や筋 |
レッグ |
Wine legs |
グラスの壁を伝う液滴の一般的な呼称 |
筋 |
Streaks |
レッグが形成する細い線 |
液体がゆっくりと落ちる |
Flow slower |
粘性が高いワインの特徴(高糖度、高アルコール) |
液滴の密度が高い |
Higher density of droplets |
アルコール度数が高いワインの特徴 |
幅が広いレッグ |
Wider legs |
粘性が高いワインの特徴 |
中程度の粘性 |
Medium viscosity |
II. 外観に影響を与える要因
白ワインの外観は、単にブドウ品種や熟成度だけでなく、醸造方法や気候など、様々な要因によって形成されます。これらの要因を理解することは、外観からワインの背景を読み解く上で重要ですげん。
A. 熟成と酸化による変化
白ワインは熟成が進むにつれて、主に酸化反応によって色が変化します。若いワインの「淡いレモン色」は、時間とともに「金色」へと深まり、さらに長期間の熟成や過度な酸化によって「琥珀色」や「茶色」へと変化します。この酸化は、リンゴが切ると茶色くなるのと同様の現象です。ワイン中のフェノール化合物、特にカフタル酸などのヒドロキシケイ皮酸が酸化に関与し、褐変を引き起こします。
熟成は粘性にも影響を与えます。熟成した辛口白ワインは、より「オイリーで粘性のあるテクスチャー」を発達させることがあります。これは、酸やアルコールが反応して新しい化合物を形成し、ワインの組成が変化するためです。
全ての白ワインが熟成に適しているわけではありません。フレッシュでフルーティーなスタイルの白ワインは、通常、生産から1年以内に消費されることを想定しており、長期熟成には向きません。しかし、シャルドネ、ヴィオニエ、ヴィウラ(リオハの白ワイン)など、一部のブドウ品種は、熟成によってポジティブなアロマや風味、そして深い色調を発達させる能力が高いとされています。酸度や糖度が高いワインは、酸化を遅らせる防腐剤として機能し、より長期の熟成に適している傾向があります。
白ワインの「褐色化」は、必ずしも劣化を示すものではなく、特定のワインにおいては意図的な酸化熟成や長期熟成の証である場合があります。通常、若飲みタイプの白ワインが茶色に変色した場合、それは過度な酸化や劣化を示唆しますが、シェリー(ヘレス)のように「意図的に酸化させて作られる」ワインでは、オーク樽で意図的に空気に触れさせることで「ナッツのような茶色」になることが説明されています。また、極めて古いリースリングやソーテルヌも深い金色から琥珀色、さらには茶色に変化すると述べられています。シャルドネが熟成によって「深い金色」になり、「ドライピーチ、ドライアプリコット、蜂蜜、ジンジャー」といった複雑なアロマを発達させる例は、適切な熟成によるポジティブな変化を示しています。したがって、テイスターは白ワインの褐色化を見たときに、そのワインのスタイル、品種、生産者の意図を考慮する必要があります。単に「茶色いからダメ」と判断するのではなく、それが「意図された熟成の結果」なのか、「劣化」なのかを見極める能力が求められます。
B. ブドウ品種による典型的な色調
白ワインの色は、使用されるブドウ品種によって大きく異なります。これは、品種固有の色素やフェノール化合物の含有量、そしてその品種が持つ典型的な醸造方法に起因します。
淡い色調の品種:
ピノ・グリ/ピノ・グリージョは、非常に淡い色調で、ほとんど無色に近いこともあります。ソーヴィニヨン・ブランは、淡い黄色で、「緑がかった色合い」を帯びることが特徴的で、これは草やピーマンのような風味と関連しています。リースリングは、若い時期には非常に淡い色調で、ほとんど無色に近いこともありますが、熟成すると深い金色に変化する可能性があります。アルバリーニョ、グリューナー・フェルトリーナー、ヴィーニョ・ヴェルデも一般的に非常に淡い黄色から緑がかった黄色を呈します。
濃い色調の品種:
シャルドネは、醸造方法によって色調が大きく変化します。ステンレスタンクで発酵・熟成されたアンオークド(Unoaked)シャルドネは、より淡いレモン色で、爽やかで酸味の強いスタイルです。一方、オーク樽で発酵・熟成され、マロラクティック発酵を経たオークド(Oaked)シャルドネは、「より大胆な黄色」や「飽和した麦わらのような金色」を呈し、リッチでクリーミーなテクスチャーとバターのような風味を持ちます。貴腐ワイン(ソーテルヌ、トカイなど)は、ブドウの皮と果汁の接触が多いため、若いうちから「明るい黄色」や「金色」の濃い色調を持つことが特徴です。ヴィオニエ、シュナン・ブラン、マルサンヌも、収穫時のブドウの熟度によって、非常に淡いものからより黄色がかったものまで、幅広い色調を示すことがあります。
ブドウ品種ごとの典型的な色調は、その品種のテロワール(気候)と醸造スタイル(オークの使用、マロラクティック発酵の有無)と密接に結びついており、外観からワインの原産地や生産者のアプローチを推測する手がかりとなります。例えば、シャルドネが「熱い気候で生産されたもの」は「より大胆な黄色」になると述べられており、これは温暖な気候でブドウがより熟し、色素が濃くなる傾向があるためです。同じシャルドネでも、オーク樽の使用やマロラクティック発酵の有無が色調に大きく影響を与えます。これは、生産者が意図的にこれらの技術を用いて、ワインのスタイル(例:リッチでクリーミーなものか、フレッシュでクリスピーなものか)を決定しているためです。したがって、テイスターは、例えば「濃い金色のシャルドネ」を見たときに、「これは温暖な産地で、樽熟成とマロラクティック発酵が施された、リッチなスタイルのワインだろう」と推測できます。
Table 4: 主要白ワイン品種と典型的な外観特徴
ブドウ品種 | 典型的な色調/濃淡 | 補足/影響要因 |
Chardonnay |
Pale Lemon (Unoaked), Deep Gold (Oaked) |
オーク熟成、マロラクティック発酵、温暖気候で色が濃くなる傾向 |
Sauvignon Blanc |
Pale Lemon-Green |
若く、フレッシュなスタイル、ハーブや柑橘系の風味と関連 |
Riesling |
Colourless to Pale Lemon (Young), Deep Gold to Amber (Aged) |
若いうちは非常に淡い、熟成によって金色化 |
Pinot Grigio/Gris |
Colourless to Pale Lemon |
非常に淡い色調、軽やかで爽やかなスタイル |
Grüner Veltliner |
Pale Lemon-Green |
緑がかった色調、白コショウやハーブの風味と関連 |
Albariño |
Pale Lemon-Green |
柑橘系やアプリコットの風味、フレッシュなスタイル |
Sauternes (Semillon/Sauvignon Blanc) |
Bright Yellow to Deep Gold |
貴腐ワイン、高糖度、若いうちから濃い金色 |
Tokaji (Furmint/Hárslevelű) |
Deep Gold to Amber |
貴腐ワイン、高糖度、熟成によって琥珀色へ |
Viognier |
Pale Yellow to Gold |
熟度や醸造方法により幅がある、樽熟成で金色化 |
Chenin Blanc |
Pale Yellow to Gold |
熟度や醸造方法により幅がある、甘口は色が濃い傾向 |
Marsanne |
Pale Yellow to Gold |
熟度や醸造方法により幅がある |
C. 醸造方法の影響
ワインの色は、ブドウの皮から抽出される色素に由来し、白ワインでは通常、圧搾時に皮を取り除くことで色素の抽出を最小限に抑えます。しかし、特定の醸造方法は、白ワインの外観に顕著な影響を与えます。
樽熟成 (Barrel Aging):
オーク樽での熟成は、白ワインに「より大胆な黄色」や「飽和した金色」をもたらすことがあります。これは、樽材からの抽出物(タンニン、リグニン由来の化合物など)や、樽の木目を通して微量の酸素がワインに触れる「制御された酸化」によるものです。
粘性やテクスチャーへの影響も大きく、樽熟成、特に「シュール・リー熟成(Sur lie aging)」は、ワインに「より粘性」と「クリーミーで酵母のような特徴」を与えます。これは、死んだ酵母(澱)が分解(自己分解)し、酵素的にワインの組成に影響を与えるためです。バトナージュ(澱攪拌)によってこの効果はさらに強まります。シャルドネは、樽発酵・シュール・リー熟成の典型的な例であり、トーストや酵母の香りと共に、豊かなクリーミーなテクスチャーが品種特性を補完します。
マロラクティック発酵 (Malolactic Fermentation – MLF):
MLFは、リンゴ酸をより柔らかい乳酸に変換する二次発酵であり、ワインの酸味を和らげ、「クリーミーでバターのような風味」と「豊かな口当たり(mouthfeel)」をもたらします。このプロセスは、ダイアセチルなどの化合物を生成し、バターやクリームのようなアロマに寄与します。MLFが白ワインの色調に直接的かつ顕著な影響を与えるという明確な記述は、提供された資料からは見られません。MLFは直接的な色調変化よりも、ワインの口当たりや風味に大きな影響を与えます。しかし、樽熟成と組み合わせることで、ワイン全体のリッチさや深みが増し、それが視覚的な色の濃さの印象に間接的に影響を与える可能性はあります。例えば、オーク樽で熟成されMLFを経たシャルドネが呈する「より大胆な黄色」は、これら複数の要因が複合的に作用した結果と考えられます。赤ワインではMLFによる色落ちが報告されていますが、白ワインにおける直接的な色調変化は限定的です。
樽熟成とマロラクティック発酵は、白ワインの外観、特に色調と粘性において相乗効果を発揮し、ワインの最終的なスタイル(特に「リッチさ」と「口当たり」)を決定づける重要な「醸造家の選択」です。これらの醸造方法は単独で外観に影響を与えるだけでなく、組み合わされることで、特定の視覚的・触覚的特性を強化し、ワインの全体的なスタイルを形成します。樽熟成による酸化と木材成分の抽出、MLFによる乳酸の生成とダイアセチルの生成は、いずれもワインに「リッチさ」「複雑さ」「クリーミーさ」といった特性をもたらします。これらの特性は、視覚的には「深い金色」や「高い粘性」として現れることが多いです。したがって、テイスターが「深い金色で粘性が高く、クリーミーな白ワイン」を観察した場合、それは単なる熟成だけでなく、生産者が意図的に樽熟成とMLFを組み合わせ、特定の「リッチでボディのあるスタイル」を目指した結果であると推測できます。この関連性は、外観評価がワインの技術的側面や生産者の哲学を読み解くための重要な手段であることを示しています。
III. ワインテイスティングにおける外観評価の実践
WSET SAT (Systematic Approach to Tasting)における外観評価の枠組み
WSET (Wine & Spirit Education Trust) のSystematic Approach to Tasting (SAT) は、ワインの外観、香り、味わいを体系的かつ客観的に評価するための国際的な標準フレームワークです。このアプローチを用いることで、テイスターは一貫性のあるテイスティングノートを作成し、世界中のワインプロフェッショナルと共通の言語でコミュニケーションを取ることができます。
白ワインの外観評価ステップ
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準備: 清潔なテイスティンググラスと白い背景(白い紙など)を用意し、良好な照明条件下でワインを観察します。グラスを45度の角度に傾けて観察すると、色調と濃淡をより正確に評価できます。
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清澄度 (Clarity): ワインが澄んでいるか、濁りがあるかを評価します。ほとんどのワインは「Clear(澄んでいる)」と期待されますが、一部の無濾過・無清澄ワインは「Hazy(かすかに濁っている)」場合があります。WSETの試験では、この項目は通常採点されません。
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濃淡 (Intensity): 色の濃さを評価します。白ワインの場合、グラスの縁から中心部への色の広がりを見ます。
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“Pale(淡い)”: グラスの縁に水っぽい(無色透明の)部分が広く見られる場合。
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“Medium(中程度)”: その中間。
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“Deep(濃い)”: 色がグラスの縁まで濃く広がっている場合。
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色調 (Colour): ワインの中心部の色を見ます。
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“Lemon(レモン色)”: ほとんどの白ワインの基準となる色。
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“Lemon-green(レモン・グリーン)”: 緑がかった色合いがある場合(WSETレベル3以上で用いられる)。
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“Gold(金色)”: オレンジや茶色がかった色合いがある場合。
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“Amber(琥珀色)” や “Brown(茶色)”: かなり褐変が進んだワインの色調。テイスティングでは稀です。
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WSET SATのような標準化された評価枠組みは、外観評価の主観性を低減し、客観性と国際的な互換性を確保するための不可欠なツールです。テイスティングは本質的に主観的な要素を含みますが、WSETは、外観、香り、味わいの各要素に対して、明確な評価項目と、段階的な専門用語(例:Clarity, Intensity, Colour; Pale, Medium, Deep; Lemon, Gold, Amber)を定義したSATを開発しました。この標準化された語彙と評価方法は、テイスターが同じワインに対して同様の表現を用いることを可能にし、テイスティングノートの一貫性と再現性を高めます。世界中のワインプロフェッショナルがこの共通言語を使用することで、国や文化を超えてワインの特性を正確に伝え合うことが可能になります。例えば、日本のソムリエが「レモン・グリーン」と記述すれば、イギリスのワイン教育者もその色調を正確に理解できます。この客観性と互換性は、ワインの取引、教育、批評、そして消費者への情報提供といった、ワイン業界のあらゆる側面において極めて重要です。外観評価の標準化は、単なるテイスティング技術の向上に留まらず、グローバルなワイン市場の効率性と信頼性を支える基盤となっています。
日本語と英語でのテイスティングノート作成例
外観評価は、ワインの全体像を捉えるテイスティングノートの出発点です。正確な外観の記述は、その後の香りや味わいの評価を裏付け、ワインの特性を総合的に理解するために不可欠です。
例文(若く、フレッシュな白ワイン):
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日本語:
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外観: 清澄度は「輝きのある」。「淡い」レモン・グリーン。粘性は「中程度」。
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示唆: 若いソーヴィニヨン・ブランの可能性があり、爽やかな酸とハーブ、柑橘系の風味を期待させる。
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英語:
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Appearance: Clear and “star bright”. “Pale” “lemon-green” in colour. Medium viscosity.
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Implication: Suggests a young Sauvignon Blanc, anticipating crisp acidity and herbaceous, citrus notes.
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例文(熟成した、リッチな白ワイン):
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日本語:
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外観: 清澄度は「澄んで」おり、「濃い」金色。粘性は「高い」(レッグがゆっくりと厚く流れ落ちる)。
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示唆: 樽熟成やマロラクティック発酵を経たシャルドネ、あるいは甘口の貴腐ワインの可能性。熟成による複雑なアロマと、クリーミーで豊かな口当たりを期待させる。
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英語:
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Appearance: Clear and “brilliant”. “Deep” “gold” in colour. High viscosity (legs are wide and flow slowly).
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Implication: Points to an oaked Chardonnay or a sweet botrytised wine, suggesting complex aged aromas and a creamy, rich mouthfeel.
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結論
白ワインの外観評価は、単なる色の識別を超え、ワインの品質、熟成度、ブドウ品種の特性、そして醸造家の意図を読み解くための多層的なプロセスです。清澄度、色調、粘性という三つの主要要素を、日本語と英語の専門用語を用いて正確に記述し、その背後にある科学的・醸造学的要因を理解することが、テイスティング能力向上の鍵となります。
本レポートで示したような、標準化された評価枠組み(WSET SAT)と、各要素が持つ示唆(熟成、品種、醸造方法との関連性)を深く理解することで、テイスターはより客観的かつ洞察に満ちたテイスティングノートを作成できるようになります。これにより、ワインの魅力をより深く理解し、その情報を的確に伝えることが可能となり、ワインの世界におけるコミュニケーションが豊かになるでしょう。
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